乳がんと遺伝

このエントリーをはてなブックマークに追加
乳がんは遺伝しますか?
 
乳がんの5~10%は遺伝性であるといわれていますが、それを判断するには専門的な詳しい評価が必要です。一般的に乳がんは食生活などの環境因子の影響が複雑に関与して発症していると考えられていますので、乳がん患者さんの多く(90~95%)は遺伝以外の環境因子が主に関与していることになります。

なぜ、乳がん診療の中で、遺伝性を考慮することはなぜ大切なのでしょう?
 
遺伝性の乳がんは乳がん全体の中では少数にすぎませんが、どのような患者さんで遺伝性乳がんの可能性が考えられるのかという情報を知っておくことは、患者さんやご家族の健康を管理するうえで有用であるとされています。

 遺伝性乳がんの情報を知っておくことのメリットとしては、例えばある患者さんの乳がんが遺伝性であると診断されると、その患者さんの血縁者の方々にもがんを発症しやすい体質が遺伝している可能性があることがわかります。これらの血縁者の方々は、適切ながん検診を受けることで、乳がんの早期発見、早期治療に結びつけることができます。乳がんをすでに発症している患者さんご自身においても、遺伝性乳がんであった場合には、将来再び別の乳がんを発症する可能性も考慮して、反対側の乳房の診察を含めより詳しく術後の検診を行うことが可能になります。また、場合によっては、一般的には温存療法が可能であっても、乳房を温存せずにあえて乳房切除術を受ける選択肢があることも提供されることがあります。

 自分の乳がんが遺伝性のものであるかもしれないという情報を知ることは、必ずしも良いニュースではないかもしれませんし、人によっては精神的に大きなショックを感じたり、心理的負担になったりすることもあります。しかし、遺伝の可能性がある場合にそのことを知っておくことは、患者さんご自身だけでなく、血縁者の方々にとっても健康上有用なことがあります。そうした情報が得られた場合には、その情報をご自身やご家族のために有意義な方向で生かしていただきたいと考えます。

どのような場合に遺伝性の乳がんの可能性が疑われますか?
 
患者さんやご家族が「うちはがん家系だ」と思っていても、医学的には遺伝性の可能性はほとんどないと判断できる場合もあります。逆に、患者さんのご家族に乳がん患者さんがいなくても、遺伝性の疑いが濃厚な場合もあります。

 現在の日本乳癌学会の診療ガイドラインでは、表の項目に一つでも当てはまる場合には、遺伝性乳がんの可能性を考慮して、専門的に遺伝性乳がんに関する詳細な評価を行う診療の流れが示されています。遺伝の可能性がある程度高い場合には、乳がんの遺伝に関連する遺伝子の検査を一つの選択肢として提示して、希望される患者さんには遺伝子検査を受けていただくこともあります。ただし、表の項目に当てはまるものがあったとしても、専門的な評価や遺伝子検査の結果などによって遺伝性のにゅがんの可能性は低いと判断される場合もありますので、必ずしも遺伝性乳がんであると決まるわけではありません。

表 遺伝性乳がんを考慮すべき状況

・若年発症乳がん(50歳以下が目安。浸潤性および非浸潤性乳管がんを含む)

・トリプルネガティブ(ER陰性、PgR陰性、HER2陰性)乳がん

・同一患者における2つの原発乳がん(両側性あるいは同側の明らかに別の複数の原発がんを含む)

・年齢にかかわらず以下の乳がん患者

150歳以下の乳がんに罹患した近親者(第1-3度近親者)が1人以上

2)上皮性卵巣がんに罹患した近親者が1人以上

3)乳がんおよび/あるいは膵がんの近親者が2人以上

・乳がんと以下の1つ以上の悪性腫瘍(特に若年発症)を併発している家族がいる乳がん患者

膵がん、前立腺がん;肉腫、副腎皮質がん、脳腫瘍、子宮内膜がん、白血病/リンパ腫;甲状腺がん皮膚症状、大頭症、消化管の過誤腫;びまん性胃がん

・卵巣がん/卵管がん/原発腹膜がん

・男性乳がん


遺伝性乳がんは血縁者全員に遺伝しますか?
 これまでの研究で、遺伝的に乳がんを発症しやすい体質を持っている多くの人でBRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子と呼ばれる遺伝子のどちらかに、一般の人とは違う部分(遺伝子変異)がみられることがわかっています。また、BRCA1、BRCA2遺伝子に遺伝子変異が存在している人では、乳がんだけではなく卵巣がんも発症しやすい傾向があることもわかっています。BRCA1、BRCA2遺伝子は、通常は細胞ががん化しないように機能していますが、これらの遺伝子にその機能が損なわれるような変化(遺伝子変異)があると、乳がんや卵巣がんなどを発症しやすくなります。ただし、BRCA1遺伝子もしくはBRCA2遺伝子の遺伝子変異を持っていても全員が乳がんや卵巣がんを発症するわけではなく、一生がんを発症しない人もいます。BRCA1もしくはBRCA2遺伝子の変異を持つ女性の場合、乳がんの生涯発症リスクは65~74%、卵巣がんについてはBRCA1遺伝子変異を持つ場合は39~46%、BRCA2遺伝子変異を持つ場合は12~20%と言われています。男性がBRCA1もしくはBRCA2遺伝子の変異を持つ場合には、卵巣がんのリスクはありませんが、乳がんのリスクは6%と言われています。

 遺伝性乳がん卵巣がんの家系においては、BRCA1,BRCA2遺伝子の遺伝子変異が親から子に男女関係なく2分の1(50%)の確率で伝わります。BRCA1,BRCA2遺伝子の遺伝子変異は子供全員に遺伝するわけではなく、同じ家系の中でも遺伝子変異を持つ人と持たない人がいることになります。遺伝子変異が男性に伝わった場合、その男性自身が乳がんを発症するリスクは女性より低くなりますが、持っている遺伝子変異はその男性の子供に2分の1(50%)の確率で伝わることになります。

家系内に乳がん患者さんがいる女性は、乳がん発症リスクが高くなりますか?
 ご自身の家系内に乳がん患者さんがいる場合、その患者さんとご自身との血縁関係が近いほど、また乳がん患者さんが家系内に多くいればいるほど、その方の乳がんリスクは高くなります。

 世界中の多くの研究をまとめた検討では、親、子、姉妹のなかに乳がん患者さんがいる女性は、いない女性に比べて2倍以上乳がんになりやすいことがわかりました。また、祖母、孫、おば、姪に乳がんの患者さんがいる女性は、いない女性に比べておおよそ1.5倍の乳がん発症リスクであることもわかっています。乳がんを発症した親戚の人数が多い場合には、さらにリスクが高くなり、これは日本における研究でも同様の結果が得られています。また、卵巣がんにかかった人が家系内にいる場合は、乳がん発症リスクが高くなる可能性があります。しかし、それ以外のがんについては、乳がん発症リスクが高くなるとの報告はありません。

遺伝性乳がんの遺伝子検査で何がわかるのですか?
遺伝子検査とは?

 遺伝子の検査は血液を用いて行われます。遺伝性の可能性がある程度高い場合には、医療者が遺伝子検査を選択肢の一つとして患者さんに提供することが勧められています。しかし、その遺伝子検査を受けるかどうかは、患者さんの自由意思に基づいて決定されますので、遺伝子検査が供用されることはありません。

遺伝子検査でわかること、わからないこと
 乳がんや卵巣がんの患者さんがBRCA1,BRCA2の遺伝子検査を受けて、遺伝子の異常が見つかった場合、その患者さんの乳がんあるいは卵巣がんに対するその後の予防や検診は、乳がんや卵巣がんに罹患するリスクが非常に高いという遺伝的な体質があることを前提として行われます。また、この場合その患者さんの血縁者の方で、同じ遺伝子の異常が伝わっているかどうか調べることができます。親から子にその遺伝子の異常が伝わる確率は2分の1(50%)です。血縁者で同じ遺伝子の異常が見つからなければその方の乳がんおよび卵巣がんのリスクは一般の人と同程度になります。しかし、もし同じ遺伝子の異常が見つかった場合には、25歳頃から乳腺専門医による適切な乳がん検診並びに35歳くらいから婦人科専門医による適切な乳がん検診ならびに35歳くらいから婦人科専門医による卵巣がん検診を受けることにより、乳がん・卵巣がんを早期に発見するようにします。

 ただ、この遺伝子の異常が見つかった人でも、必ずしも全員が乳がんや卵巣がんを発症するわけではありません。実際にその人が乳がんや卵巣がんを発症するのかどうか、発症するとしたら何歳ごろに発症するのかといったことは、遺伝子の検査の結果からはわかりません。

 また、遺伝子検査では、常に確実な答えが得られるわけではありません。例えば、患者さんの状況や家族歴から遺伝性乳がんが強く疑われて、BCRA1,BCRA2の遺伝子検査を行ったものの遺伝子の異常が見つからなかった場合を考えてみます。そのような場合、遺伝子の異常がなかったのだから現状では遺伝性出なかったと判断してよいだろうと考えるケースもありますが、患者さんの状況や家族歴によっては、たとえ遺伝子の異常が見つからなくても遺伝性乳がん卵巣がんの可能性を完全には否定できません。現在行われている遺伝子検査では見つけることができない遺伝子の異常が存在している可能性も考慮して、そのような患者さんやその血縁者においては遺伝性乳がん卵巣がんを前提(遺伝する乳がんや卵巣がんにかかりやすい体質があること)とした予防や検診を行うことが勧められる場合もあります。遺伝子の異常が見つからなかった場合に、がんは遺伝による発症ではないとしてよいかどうかは、患者さんの状況や家族歴によって異なります。専門的な判断が必要となり、厳密な基準はありません。

遺伝子検査を受けられる施設、費用など
 日本においては、すべての医療機関でBCRA1,BCRA2遺伝子などの乳がんの遺伝にかかわる遺伝子の検査ができるわけではなく、大学病院やがん専門病院、地域の基幹病院(拠点病院)など、検査ができる施設との連携が必要となります。(HBOCNET)

 BCRA1,BCRA2遺伝子の検査は、現状では健康保険の適応対象になっておらず、一般的な検査よりも高額です。検査の費用だけでなく、そのほかの詳しい情報も説明してもらったうえで、検査を希望するかどうかを判断することができます。また、BCRA1,BCRA2遺伝子の検査は、通常は、未成年では行いません。BCRA1,BCRA2遺伝子の検査を受けるかどうかは、検査を受ける人が成人した後に、本人が十分な情報を得たうえで受けるか受けないか、自由意思で決めることとされています。

遺伝子検査を受けなくても検診を受けることが大切です。
 乳がんや卵巣がんの遺伝性が疑われる場合でも、遺伝子検査を受けるか受けないかは自由です。遺伝子検査を受けていなくても遺伝性の可能性が高い場合には、がん患者さんの治療や血縁者の方々のがん予防や検診は、遺伝性であることを考慮したうえで実施することが勧められています。